行ってみた高千穂峡

20141124111321625.jpg



ニホンに仕事と遊びで帰りました。

201411250253368b2.jpg


仕事の話は別に発表するとして、
遊びの感動は
いっぱいありましたのです。

ありがたき、もつべきもんは学生時代の友。
彼女の地元の九州の観光、高千穂峡へとドライブ


天の岩戸の舞台となった洞窟は
隠れた天照大御神をひきだすために、
八百八の神々が集まった場所。
巨大な高千穂峡です。
太古の神々が遺した聖なる空気が充ち満ちていました。

私は古事記に出てくる神々を想像することができなくて、
(ポケモンやゴジラを想像するのはなんの苦もないのに)
聖なる存在として捉えられ無いのですが、
この神々の場所に来て、腑におちました。
ここにいたら、神々の姿が見えてきます。
濁りない水、隠れ続けている岩場、木漏れ日の柔らかさをかき分けて、
神々はわがまま三昧のドラマを繰り広げました。
古事記の感動は、
現代の何かしら薄っぺらい価値観をひっくり返す、
神々の婆娑羅にも似た行動とぶつかり合いにあると私は思います。

岩場を歩きながら、見えないけれどいるような神々の気配に、サインしてーって言いたかったです。ー

20141124111359cd5.jpg

悩みなきハワイ

20141007_191807.jpg

川辺の家に引越しました。
広いだけが自慢の田舎の平屋から、町のちっちゃい家に移り、夕焼けもちっちゃいです。
水辺のだからか夕焼けが鮮やか。

長い間、書かなかった間にいろいろあり、
やっぱり、時間のぶんだけいろいろなあり。。。

まずはハワイ。
引越しで箱だらけの家を放ったらかしにして、
もうええわーっ
と言いながらショーの仕事に飛ぶのでした。

20141016_110924.jpg

オアフ島のはずれにある高校でのショー。
ここの生徒たちの笑顔はとてもおおらか。
あんたら、悩みなんかないやろっ。
でもね、悩みのない若い子なんていない。
悩みがないとしたら、悩みがないのが悩み。
そんなもんだと思う。
でもどんなに悩んでいても笑うことってあるんだから、
おおらかにハワイ。

20141015_160200.jpg

Talk Story というパフォーマンスのプロヂューサーは、ハロウィーンのイベントなので、かぼちゃをステージに置くという魂胆で仕入れてきたが、、、、。
ハリケーン接近でイベント中止。
だが、ハワイはおおらかに笑って許すのでした。隣の奥様のドミニークも大笑いで許す。
関連のショー中止をくらって唖然のあたしですが、
彼らとビーチにくりだし、遊ぶのでした。

おおらかなハワイ。
すべてをおおらかにいだいて、
私は不完全に生きていくことに
悩みがあっても生きていくことに
勇気がわくのでした。

ハワイの次はニッポン。
ブログ、時として放置状態になりますが、
書くと勢いがつき、とまりません。
書き続けまっす。
みてくださっている方々に感謝をこめて。



大人の作り話

20140604_100433.jpg


20140604_100623.jpg


地元のフロリダの植物園でショーの仕事に出かけたら、
植物園のなかのアジアテーマの池があり、すごいものを見てしまいました。
ちっちゃな子どもにたかる鯉の大群。
子どもはえさをあげているだけですが、
科学のちからと財を尽くしたこのお池では、鯉がベストの毎日を送り、
こんなにも大きい!
私はそのちっちゃな子どもに話しかけるのでした。
「えさをいっぱい食べたから、もっともっと大きくなって、小さいコドモのひとつやふたつ食ってしまうよ。そして陸にあがり、大きな顔してアメリカのひとつやふたつ征服してしまうのだよ。」
ちっちゃな子どもは子どもじみた大人にあきれた笑顔でありました。

私が小学3年生のとき、
近所でオタマジャクシ狩りが流行り、
そういう小川にいって、バケツにいっぱい入れて帰ってきたんです。
最後に残ったのをもらって家に帰ったら、
おかあさんがそれを見て腰をぬかしました。
「こ、こんな大っきなオタマジャクシ見たことないよー、こわいやんか!大人になって巨大なカエルさんになって火をはいたらどうする?テレビの「赤影」に出たカエルやで。えらいこっちゃ。どないする?あんたなんかいっぺんに食われるでぇ。うちのごはんなんか、みぃんな食べてまうで。おかあさんだってお腹がすいて死んでまうで。頼むわ、小川に返してきて!」
翌日、おかあさんの言うとおり小川に戻してくる、と約束しましたが、子どもじみた大人の作り話にノッたふりをして、子どもはひたすら苦労するのでした。

子どもたちよ、大人はもっと子どもなのです。許しておくれ。



エリカのつま先

Untitled-1.jpg


ご近所の美人エリカはブロンドの青い瞳。
細い巻き毛をくしゃくしゃっとポニーテイル。
化粧の気配なく、
毎日、洗いざらしのtシャツに半パン。
そんな30歳の飾りけのなさがよかったりする。

ホンダのぼろトラックに乗っていて、
毎朝、うちの前を通り過ぎていく。
今日は、あたしの家にタイヤの空気をいれにきた。

赤のサンダルにキャンディピンクのペディキュアがいつものぼろトラックから降りてくる。
え、、、誰かと思うやんかぁ~。
いつもは破れたビーサンに砂だらけのお足もとのエリカなのに。

「マイクが今日帰ってくるの。うふふ」

マイクは彼女の旦那様で、巨大な船の船長。
2ヶ月ほどクルーズに出て、2ヶ月ほど家にいて、またいく。
その繰り返しのお仕事。

2ヶ月ぶりに旦那様が帰ってくるからと、
彼女なりに飾って会うのを楽しみにしてるってこと。
たまらなく微笑ましくて、
キャンディピンクのつま先は動くたびにシャボン玉が舞いだすかのよう。

車の中では、ベビーシートの1歳児ジェイクが
「$%^&*shutobpbl;pg uuuuuuuu。。。。」

ぶいぶいとのたまい、
エリカは急いで甘い笑顔を残して帰っていった。


私は女がいつまでもこんなふうに恋していれたらいい、といつも思う。
私は女がいつまでもこんなふうに笑顔でいれたらいい、といつも思う。
そして恋をしていなくても、笑顔でなくても、
私は女達がなにかしら女でいることをさがしだして楽しめたらいい、といつまでも思う。

女のトレンチの物語

francoise-trench (1)

khaki-0504hb-trench-1-2.jpg

p01k828p.jpg

日本にいたのは晩春で、まだ寒い日もあって、トレンチコートをはおっている人がすごく多かった。
私はトレンチにすごく憧れていて、、、
というかそのイメージに憧れていて、
この3つの写真が大好きです。

トレンチは元々、イギリスのミリタリーコートで、肩のエンポレットと呼ばれるフックの部分は、戦場で見方の戦士が倒れたのを紐でエンポレット同士をつなぎ、引きずってでも運ぶという役割があったそうです。イギリス戦士の誇りのひとつだったかもしれません。

戦場で身につけるものは生死にかかわるので、
ほかにも様々な機能あり。
地図をいれるための大きなポケット、Dリングは手榴弾をかけるためのものともいわれ、胸には防弾チョッキが仕込まれていることもありました。

戦場でない街を華奢な女たちがトレンチを着るのは、
平和のかけらのようで、
私は男のトレンチより、女のトレンチが素敵に思えたりします。

それにしてもこのトレンチ、
都会に住むちょっと孤独で、ちょっと強い、クールな女性のイメージがします。
日本の女優の岸恵子さんとか、、、
でも誰が着ても、不思議となんらかのストーリーを語るようで、
他にこんな服はないなぁ、、、と思うのでした。

ちなみに一番下の写真は「ティファニーで朝食を」。
原題はカポーティの小説で、主人公のモデルのアイデアとなったのは彼のお母様という噂。
映画では彼女の偏った夢であったニューヨーク富豪の仲間入り、
というテーマは軽く扱われていますが、小説ではとても皮肉に孤独に描かれています。
写真のオードリーが着ているトレンチはラストシーンにも着ていて、
ヤケで飼い猫を外に追い出し、土砂降りの中、その猫をまた探しにいきます。
都市の上流社会を蝶のように舞うという、
その見かけだおしの快感は、
路頭に迷うずぶぬれの猫のような心にしかすぎなくて、、、

トレンチを着る女性の物語、まだいろいろありそうです。