私のこと

2013年12月24日

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相変わらずツアーショーを続ける私の1年はシカゴ空港が仕事仕舞いでした。
メリークリスマスを唄う空港は家族のもとへと急ぐ人々でいっぱい。

メリークリスマス!
世界中が光を絶やさず生きていけますように!!

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私のイブはここ。
フロリダの半島をつなぐこの橋をみていました。

空港にいくときにいつも渡る橋、Sunshine Sky Bridge.
大好きな場所。
いつの間にか、フロリダは私の町になり、大好きな場所がいっぱいある。
ここで何度もクリスマスを過ごし、
かけがえのない愛する人や友達に囲まれてここまできた。
私のクリスマスイブは、溢れる思いでいっぱい。
かけがえのない愛する人や友達、、、。
、、、、。

まだまだだなぁ、、あたしは。

神様、どうか私にちからをください。
私にこの世の使命があるならば、
せめて何かが果たせますように。

Merry Merry Christmas, Everyone!

仕事仲間と歩く

「クニーコ、カナダの学校と劇場は、どうだった?」

カナダのツアーが終わって、
フロリダに戻って、半袖に着替えたら、
友達コリーが氷水片手にやってきた。
市のイベント行事のミーティングがあったそうで、紹介の名前を書いたシールが服に貼ったまんまだ。

「コドモは、やっぱどこの国もいっしょやけど、学校のシステムはかなり違うよー」

そんな事をねたに、わが道・草ぼうぼうの田舎道をコリーと散歩会議しました。
(散歩して会議するって、脳にいいし、気持ちええ、です)

カナダの学校のほうが、アメリカよりずっとゆるい。好きにさせている感じがする。
でも好きにさせてるわりに、生徒達にありとあらゆる学校のことを手伝わせている。
体育館の椅子をだし、私のショーのスピーカーとアンプのセットアップは5年生がした。
ヤルやんかぁ~!と賛辞を送ると、子供達は少し目線高く誇らしく、へへへって笑った。
アメリカの学校の場合、それは用務員さんか先生の仕事で、生徒がするということはまずない。
アメリカの子達、学校で掃除もしないし、道具や設備の面倒をみることもない。

コリーは陽だまりのテラスに座って言った。
「アメリカだって私が小学校の頃はそんなカナダみたいだったわよ。今みたいに、あれしちゃだめ、これしちゃだめ、じゃなくて、とにかくやって、好きにやって、けがして失敗して、何がだめなことが自分でわかるようになったものよ。」

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昔がよくて、今が悪い。
カナダがよくて、アメリカが悪い。

、、、そういうこと?

「そうじゃないよねー。
そんな薄っぺらい比較だけで学校のことがわかるわけないよねー。」

ふたりでそんな事を言いながら、また歩き始めた。
歩き続けることで、
話し続けることで、
問い続けることで、
私達は前や後ろに進み続け
薄っぺらでない私達の仕事があるのだと思う。

「そやなぁ、ええこと言うやんかぁ~、あたしたちぃ~、ほなアイスクリーム行こか」

アートとパフォーマンスを公立学校に組み込んで、
学校行くのんがおもろい、って思えるようなプログラムを作って、
予算を得る仕事に取り組んでいます。
私自身がショーの契約をとっていくだけでなく、
街全体のパフォーマーとアーティスト達が契約をとり、
学校がもっともっとアートを取り入れていくんです。
元大学教授の彼女は経験豊かで、アイスクリーム好きで、歩くのが好き。
私の仕事仲間です。









夏のニューヨーク

また行ってしまいまったニューヨーク。
毎年恒例の折紙コンベンション。

作品の展示やイベントがどっとあり、以下の写真はほんの一部の展示から。

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折紙はエキシティング!!

NYで昔世話になったアネゴ衆を誘って一緒に見るのが私の楽しみのひとつ。
ほんでもって帰りにMOMA(Museum of Modern Art)にはしごして、
その日から始まったインスタレーションへ行ってみる。
でっかい会場を独り占めしての、不思議な雨。人数制限の会場に並んで並んで、入ると、
雨がしとしとと会場の中に降っており、自分が足を踏み入れると、自分の立っているところだけ、雨が止む。
=雨が降っているのに、私は濡れずにあるきまわる。

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あんまりおもろなかったねんけど、
みんながおもしろがっているのを見るのがおもしろかった。

ニューヨークは何時行ってもなにか見たいものがある。
「そうやで、住んでたら忙しいで。見たいもの全部まわるってできひんもん。」
アネゴが言う。

そういえば、私がニューヨークを出た理由がそれ。
見たいもんがありすぎて、自分はどうでもよくなってしまう。
自分を見失ってしまう、とまで思えた。(ひ弱なあたしにはやっぱ憧れに過ぎない)
今、私が住むフロリダは田舎で、何もない~、退屈~、ヘルプミー~やねんけど、
せやからこそ、なんか作ろうって思ったりできる。
ただっ広い亜熱帯の森で、自分のショーの作品を創っていくのが私には合っているのだなぁ、と思う。




名前

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「クーヌコ、本当はクーニコなんだろ、今までずっと間違えて発音してたよ。ごめんな。もっと早くに言ってくれよー。もう10年以上、間違って呼んでたことになるじゃないかぁ」

ブラジル人の友達のアントニオが目を丸くして言う。一緒にトニー・モンタナロ師匠のもとで、マイムを勉強した兄弟弟子。初めて会ったころ、アントニオはほんの18歳で、拙い英語を駆使して私の名前を発音すると、クーヌコ、となった。以来それでいい。そしてそれが彼らしくていい響きだったりする。それが私達の歴史だったりする。だからなおさないで、っていった。

アメリカ人の友達はほとんどが発音よろしく、クニコ、と呼ぶ。きちんと発音したくて、何度も何度も練習したがる友達もいた。その気持ちはすごく嬉しい。アメリカ人にとって、クニコというサウンドはふたつになる、クニー、コ、または、ク、ニコ。だからどうしても日本らしいサウンドにはならない。時々、全く発音できないアメリカ人は、「ココなら言えるから、そう呼ばせて」なぁんてのたまう。ココってかわいいやんか、シャネルやんか、ええやんか、そう呼んで、ってことになる。要するに、私はあまり自分の名前に執着はない。

日本で、大学時代の友達がクンチャン、と呼ぶと、楽しくてほろ苦い昔がよみがえる。
クンチャンと呼ぶのは母と大学時代の友達だけ。日本と私を結んでくれる人達とのつながりは、クンチャン、と呼ばれることで感傷じゃない現実として、たくさん実感できる。自分を見失う時は、自分のルーツである過去に頼るしかない時があって、この実感は私にとって尊いことであります。

中学時代、あまりにもの大食いで、食いこ、と呼ばれたことがあったっけ。
ちっちゃい時、宿敵の悪ガキどもからウンチンって呼ばれたことがあり、その度くってかかって、けんかが強くなった。今でもその連中は私のことを、くにこ、と呼び捨てるので、私はひろしをヒロスボケナスと呼び、さとしをサトチンチン、しゅんじはシュンペーと呼ぶ。ザマーミロだ。(← 大人になってもいうかぁ、とかなりヒンシュク、でも言い続けるあたし。)


さっき自分の名前にし執着はない、と書いたけれど、
自分の名前を呼ばれるのはすごく好きです。
で、これは誰でもそうなのだそうです。
自分の名前が呼ばれるときに、幸せを感じるドーパミンホルモンが脳内から出るのだそうです。
不思議です。
自分の名前を呼ばれる=私であることを確認、ってことになり、幸せなのでしょうか。
自分の名前を呼ばれる=自分へ注目と関心が集中する、ってことになり幸せなのでしょうか。

誰もが周りからよく思われたいし、
注目だってあびたい、大事にされたい、って思っていると思います。
誰かの名前を呼ぶ時は、用事があるとかが理由だったりするけど、
同時にそこにいてくれてありがとう、って気持ちをこめたいなぁ、と思う。
尊敬する人や愛する人の名前を呼ぶ感動はさておき、
そこに今いてくれるあなたは今を共有する何より大切な人であり、
あなたの名前を口にすることは、少なくてもあなたを知っているということで、
何かのつながりがあると思いたい。
そしてそのつながりはかけがえのないものだったりする。

RRRR、あ、℡だ。
「もしもし、えーと、えーと、クニーク、、ヤムートッ と話したいのですが、、、」

あはは、クニークかよ、、、


















ナマケモノの先週in ワイオミング

Wyoming sky

ワイオミング州の冬山は真っ白。
聞きしにまさる寒そうな雪山が飛行機から見え、
もこもこのジャケットをにぎりしめるのでした。

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幸運にも、私のショーby ARTCOREで訪ねたキャスパー市は暖冬。雪は道路のすみにあるのみ。
ただ名物の山おろしの強風はつらかった。

ということで、外をうろうろするのは避けて、
歴史博物館へ。
National Historic Trails Interpretive Center

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アメリカの新しい博物館は、本当におもしろくできています。
ビデオやコンピューターを駆使して、まるでディズニーみたいです。
(この写真では見えてないけど。。。)
おかげで、アメリカ歴史に興味のない私でも、歓声をあげ、ひとりで遊びまくり、
数時間では足りず、翌日もショーの合間を縫って参じ、アメリカ開拓歴史三昧!
やめられないとまらないかっぱえびせん♪ 歌う私はうるさいやつ。

Wyoming trail

ワイオミングってアメリカの中北部にあり、
19世紀に西部への開拓で、東海岸から多くの農民がこの週を横断して、大移動しました。
それは2000マイルの気の遠くなるような横断で、
人力車に家財食料をのせて、老いも若いも赤ん坊も丸ごと共に移動で、
すごいことでした。
半年かけて、途中、難は天候や川の横断にあり、けが病死もかなりありました。
それでも何万人が移動した理由は、
当時、アメリカの土地が、イギリスとスペインの占領下にあり、
アメリカ政府としては、どうしても西部に人民を広げる必要があり、資金を給付して人民を送ったことと、
東部の農民が新しい夢と自由に燃えたことでした。
同時にカリフォルニアのゴールドラッシュもあり、
アメリカンドリーム、一攫千金のロマンをかりたてました。

Wyoming buffallo

19世紀以前は、ワイオミングに、
すでにアメリカインディアンが村をいくつかも構えていて
バッファロー狩猟を主とし、食料や家財を蓄えていたということです。
バッファローというと今は滅亡を嘆かれていますが、
当時は、食うに十分な群れがありました。
そして肉だけでなく、角や骨、皮などすべてを無駄にせず使っていたなんて、
尊敬と慈しみの念をいだきます。

Wyoming bear jewry

グリズビー熊さんのつめと皮を使った豪快なネックレスも。
一体誰がおつけになっていたんだろう?なにやら権力の香りむんむんなんだけど、、、
あは、酋長だそうですよ。

Wyoming name block

スタッフと仲良くなり、調子に乗って寄付をして、名前をコンピューターの岩に彫ったら、
ご褒美に衣装をどうぞ、って!?
えぇぇぇぇぇ、着ていいの?
竹細工フープをいくつも組み合わせたスカートの土台を下にはき、
その上に綿のふわふわスカートをはき、エプロンをつけ、お帽子をかぶってできあがり。
見た目以上にかなり軽い。
でも、これを着て2000マイル行脚はたいへんじゃろなぁ。

Wyoming clothe

仕事とはいえ、いろいろな場所にいくことで、私は多くを学ばせていただいて、感謝あるのみです。
ナマケモノのくせに態度がでかいので、感謝も謙虚のみじんもない風貌で申し訳ないのですが、
感謝の気持ちは時として噴火します。
ゆえにもっと精進して、世界にお返しできたら、と思います。
たぶんお返ししきれないと思いますが、
精進のなかに何かがあることを信じて。
、、、言い訳はほどほどに、ナマケモノは今日もいきます。
〔↑ 斉藤和義氏の歌詞参照)