201304

夢と悪夢

生まれて今日まで、こないに忙しい毎日が続いたことはおません。
ショーツアーは1週間おきにあり、
その合間は家で、テンコモリの事務処理と次のシーズンの宣伝や作品設定などを報告し、
学校に対しては、カリキュラムとの関連事項を必死のパンツでしぼりだし、
頭がくらくら、のどがからから、アポをミスってこらこら。

「えー、あんたもミスったの?私もよ。車の修理がおいつかなくていけなくなったのよ。」
マリーから℡。偶然にもふたりして、ビデオ収録のアポをミスったのでした。
マリーは近所に引っ越してきた同業者。アフリカンで、女優で、ストーリーテラーで、子だくさんのシングルマザーで、おもろいおばさん。

ミスったのは地元の教育委員会に提出するビデオ収録でした。
彼女は中学で演劇を教える仕事が1ヶ月も続き、
「くたくたで忙しくて、私は自分がもう一人欲しいわ。」
それっていい考えやね!
もしそうだったら、何しよーかな。
一人は今の私みたいに仕事ばっかして、
もう一人は、ちょっとだけ手伝うけどあとは好きなことばっかしするねん。
ほんで私が行ったことのないところに冒険に行くねん。

never been

ほんで優雅に航海に出るねん。

boat.jpg

ほんでヒマをもてあました恋をするねん。

love.jpg

ほんでついでにタイムとラベルもするねん。

1859.jpg

マリーはあきれて言う。
「Keep dreaming, babe.」

夢は見るものだ!
夢は感動の筋肉だ!


とはいうものの、、、、

(あ~、今日もテンコモリの仕事の半分もかたづかなかったぁ~。悪夢だぁ~)

追記:写真はPinterestのhttp://pinterest.com/stayclassic/let-s-go/をから。嫌なデスクワークが続くと私はこのあたりの写真を眺めて現実逃避まっしぐら。

名前

header with butterfly small8_edited-1

header color white logo

name logo kanji

「クーヌコ、本当はクーニコなんだろ、今までずっと間違えて発音してたよ。ごめんな。もっと早くに言ってくれよー。もう10年以上、間違って呼んでたことになるじゃないかぁ」

ブラジル人の友達のアントニオが目を丸くして言う。一緒にトニー・モンタナロ師匠のもとで、マイムを勉強した兄弟弟子。初めて会ったころ、アントニオはほんの18歳で、拙い英語を駆使して私の名前を発音すると、クーヌコ、となった。以来それでいい。そしてそれが彼らしくていい響きだったりする。それが私達の歴史だったりする。だからなおさないで、っていった。

アメリカ人の友達はほとんどが発音よろしく、クニコ、と呼ぶ。きちんと発音したくて、何度も何度も練習したがる友達もいた。その気持ちはすごく嬉しい。アメリカ人にとって、クニコというサウンドはふたつになる、クニー、コ、または、ク、ニコ。だからどうしても日本らしいサウンドにはならない。時々、全く発音できないアメリカ人は、「ココなら言えるから、そう呼ばせて」なぁんてのたまう。ココってかわいいやんか、シャネルやんか、ええやんか、そう呼んで、ってことになる。要するに、私はあまり自分の名前に執着はない。

日本で、大学時代の友達がクンチャン、と呼ぶと、楽しくてほろ苦い昔がよみがえる。
クンチャンと呼ぶのは母と大学時代の友達だけ。日本と私を結んでくれる人達とのつながりは、クンチャン、と呼ばれることで感傷じゃない現実として、たくさん実感できる。自分を見失う時は、自分のルーツである過去に頼るしかない時があって、この実感は私にとって尊いことであります。

中学時代、あまりにもの大食いで、食いこ、と呼ばれたことがあったっけ。
ちっちゃい時、宿敵の悪ガキどもからウンチンって呼ばれたことがあり、その度くってかかって、けんかが強くなった。今でもその連中は私のことを、くにこ、と呼び捨てるので、私はひろしをヒロスボケナスと呼び、さとしをサトチンチン、しゅんじはシュンペーと呼ぶ。ザマーミロだ。(← 大人になってもいうかぁ、とかなりヒンシュク、でも言い続けるあたし。)


さっき自分の名前にし執着はない、と書いたけれど、
自分の名前を呼ばれるのはすごく好きです。
で、これは誰でもそうなのだそうです。
自分の名前が呼ばれるときに、幸せを感じるドーパミンホルモンが脳内から出るのだそうです。
不思議です。
自分の名前を呼ばれる=私であることを確認、ってことになり、幸せなのでしょうか。
自分の名前を呼ばれる=自分へ注目と関心が集中する、ってことになり幸せなのでしょうか。

誰もが周りからよく思われたいし、
注目だってあびたい、大事にされたい、って思っていると思います。
誰かの名前を呼ぶ時は、用事があるとかが理由だったりするけど、
同時にそこにいてくれてありがとう、って気持ちをこめたいなぁ、と思う。
尊敬する人や愛する人の名前を呼ぶ感動はさておき、
そこに今いてくれるあなたは今を共有する何より大切な人であり、
あなたの名前を口にすることは、少なくてもあなたを知っているということで、
何かのつながりがあると思いたい。
そしてそのつながりはかけがえのないものだったりする。

RRRR、あ、℡だ。
「もしもし、えーと、えーと、クニーク、、ヤムートッ と話したいのですが、、、」

あはは、クニークかよ、、、


















闇と光

プライベートの面でも、仕事の面でも、タイヘンなことばかりが続く私の春です。
誰でも、タイヘンな時はあると思うのですが、
自分の非力さが嫌やになってきます。
で、ちょっと自分を励ましてみる。
誰もパーフェクトじゃないから、ひとつやふたつのひびがあるもんだから、
自分を責めるのはやめなはれ。
やめよ、と思って毎回やめられるんだったら、悲しい気持ちなんてこの世にない!
詩人レナード・コーエンの歌「Anthem」を聴いてみたくなりました。
’すべてのものにひびがある。ひびがあるからこそ、そこから光が入る、、’
という部分がききたくなったのでした。

Ring the bell that still can ring.
Forget your perfect offering.
There is a crack in everything.
That's how the light gets in.





レナードの歌と関連して、なのですが、、、

安藤忠雄氏による建築「光の教会」にとても感動したのも、
壁が十字架の形で割れていて、
コンクリの暗い部屋の中にいっぱいの光が入ってくるところでした。

光の教会・安藤忠雄建築

ボストンマラソン爆弾の犠牲者の方達の事を想うと心が暗いし、
世界じゅうで戦争やテロによって数え切れない家族が悲しみの闇に臥したのかと想うと、
さらに暗闇は深まります。
完全に不完全な私達の世界に光がもっと入りますように。
ほんでもって、アカンタレの私、ひびのぶんだけもっときばりなはれ。






http://kunikotheater2.blogspot.com/2010/12/blog-post_22.html

話題の♪アマンダ・パーマー

最近話題のパンクロックミュージシャン、アマンダ・パーマー。なぜ彼女が話題になったか?

レコードを作る資金つくりに、100万ドル以上をファンから集めた!その集め方があまりにも当たり前で周囲を驚かせた。

自分の音楽をネットでダウンロードしたりコピーされることを当たり前として、代金ではなく、寄付を募った。ただそれだけなのだが、競争の激しい音楽の世界で、お金を集めるのは易くない。フェイスブック、ツイッター、ブログを駆使、その飾り気ないパンクな言葉や行動がファンを身近な友達にしていった。(詳しくは下の彼女の話を読んでくださいまし。半端じゃないです、このあたり、、、)

ツアーに出ると、先々でのミュージシャンに無料出演を募り、とにかくお金を使わずに活きのいいファンベースのツアーを重ね、MTVで賞の候補にあがるわ、NYタイムズにのるわ、TEDに出るわ、の注目をあびている。

彼女のファンとのつながりは、彼女の音楽とのつながりに近く、それは莫大なお金を集めたという事以上に注目された理由だと私は思う。


彼女のビデオ、いっぱいあって、どれをのせようか迷ったんだけど、一応これ。気にいらないとしたら、他のをトライしてみてください。スタイルの違うハードコアからソフトなラブソングまでかなりあるから。うるさくてカッコつけてるだけのパンクでないところが、私は好きです。下のビデオは彼女がTEDで自分の物語を話したもの。日本語訳が出ていたので、下につけました。
ところで、彼女のスピーチ、正統派の役者のようで、言葉を伝えるのが上手。これも彼女の強みかもしれないですね。








ずっと音楽で食べてこられた 訳ではありません ちゃんとした大学の 教養学部を卒業した後 5年位は ― こっちが私の本業 「2メートル半の花嫁」という名の 生きた彫刻をしていました 私は進んで これを仕事にしていたと 言っています みんな知りたがるからです 「いったい こいつら 普段 何をやってんだ?」 これが仕事なんで 顔を白く塗って箱の上に立ち ― 帽子とか缶を足元に置きます 誰かがお金を入れてくれたら 花を差し出して じっと見つめるんです 受け取ってもらえない時は 悲しそうに訴えるポーズで 歩み去る姿を見送ります

(笑)

感動的な出会いも経験しました 特に寂しい人たち ― 何週間も 誰とも 話してないような人に出会って 通りの真ん中で 見つめ合うという 美しい瞬間を経験しました ちょっとした恋愛のようでした 「ありがとう あなたのこと ちゃんと見ているから」と目で訴えると 相手の目も語ります 「誰も僕を見てくれやしないんだ ありがとう」

イヤな経験もしました 通りすがりの車から 「仕事しろ!」って怒鳴られます 「これ仕事だから」とツッコミますが それでも やっぱり傷つきます 仕事らしくない 卑怯で ― 恥ずかしいことでもしてるようで 不安になりました この箱の上で 音楽ビジネスについて どれほど学んだか わかりません 経済学者の方なら 日々の収入を予想できたことに 興味を持つかも 常連がいるわけじゃないから ― いつも驚いていました 火曜は60ドル 金曜は90ドルと 一定なんです

その頃 ドレスデン・ドールズというバンドで 地元を回ったり クラブで演奏していました ピアノの私と 天才ドラマーで 曲は私が書きました 十分お金が入るようになったので 生きた彫刻をやめ ツアーをするようになっても あの 人と触れ合う感覚は 失いたくありませんでした 大好きだったから だからショーが終わると ファンにサインしたり ハグしたり おしゃべりしたりしてました 手伝ってとか 一緒にやってと 頼んでいるうちに 仕組ができました 地元のアーティストを呼んで ライブ会場の外で 何かやってもらう 彼らは帽子に お金を集めて 後でステージに合流 いろんな面白いゲストが どんどん登場して もう大騒ぎ

Twitter が出てくると いつでも どこでも 何でも頼めるようになって もっとすごいことになりました ピアノを練習したくなったら 1時間後にはファンの家にいます これはロンドンです 皆が各国の手料理を 差し入れしてくれて 楽屋で一緒に食べたり これはシアトル 美術館やお店や 公共の場所で働いてるファンは 突然 押しかけて 無料のゲリラ・ライブをしても ちゃんと反応してくれます ここはオークランドの図書館 TEDで使う箱と帽子を わざわざ 東海岸から運びたくなかったから 土曜に欲しいって ツイートしたら ニューポート・ビーチから このクリスが持ってきてくれました “ハロー”って言ってます メルボルンで「鼻洗浄器はどこで買える?」 ってツイートしたら 看護師をしてる人が即座に 私のいるカフェまで ― 車で持って来てくれました スムージーをおごって 看護と死について話しました

こんな幸運な 偶然の触れ合いが好きです 私は よく他人の家を泊まり歩きます メンバーそれぞれに部屋がもらえるけど Wi-Fi はない豪邸もあれば みんな床に雑魚寝で トイレもない ― でもWi-Fi は有る ボロ部屋もあり ― そっちの方がいいわよね

(笑)

以前 スタッフと行ったのは マイアミ郊外のすごく貧しい地域 その晩 泊めてくれたのは まだ親元に住んでいる 18才の女の子でした 家族全員 ホンジュラスからの 不法移民です その夜は私達がベッドに ― 寝られるように 家族全員がソファに寝て その子は母親と寝ていました 私は横になって考えました この家族は何も持ってないのに ― 私がベッドを取っていいのか? 翌朝 お母さんがトルティーヤの 作り方を教えてくれて 聖書をくれようとしました それから私を呼んで つたない英語で言うんです 「あなたの音楽が娘の支えなの ― 来てくれてありがとう 皆とても感謝してる」って 私は それなら受け取って いいんだと思いました 交換なんです

2か月後 マンハッタンで 寝場所を求めてツイートしました 夜中にドアベルを押して ふと ― 一人は初めてだと気付きました いつもは誰かが一緒です 一人は初めてだと気付きました いつもは誰かが一緒です 「もしかして これってバカのすること?」 と思いました(笑) 「バカはこうやって死ぬのかな?」 やめようと思った時 ドアが開いて 芸術家と金融系記者の カップルが出てきました 一緒に赤ワインを飲んで お風呂も 貸してくれました 数え切れないほど そんな夜を過ごしてきました

私はよく泊まり歩きますし ステージダイブもたくさんします 泊まり歩くのも ステージダイブするのも 本質的には同じだと 私は思います 観客に飛び込むのは お互いの信頼の証です 以前 前座のバンドに こう勧めたことがあります 観客に帽子を回して お金をもらったら? 私もよくやっていたけど? みんな張り切って行くのに 1人だけ動こうとしません どうしても行く気になれない ― 物乞いをするような 気持ちになるって 彼の怖れは 私にも馴染みのある あの声です 「もらっていいのか?」そして「仕事しろ!」

そうこうする内に うちのバンドの人気は上がっていき メジャー・レーベルと契約しました 私達の音楽はパンクと キャバレーの中間で 好き嫌いが分かれます でも あなたの好みかも それで私たちのアルバムは 派手に宣伝され 発売後 最初の数週で 2万5千枚売れたのに 会社側は失敗だって言うんです

「それって多くないの?」と言うと

向こうは 「売上は落ちてるし 失敗だ」と そんな感じで撤退していきました

同じ頃 ライブの後 ファンに サインやハグをしてたら 男の人が近づいてきて 私に10ドル札を差し出して 言うんです 私に10ドル札を差し出して 言うんです 「ごめんなさい 友達のCDを コピーしました ― 」 (笑) 「でもブログで あのレコード会社 嫌いなの知ってるから このお金はあなたに 受け取って欲しい」

こんなことが よく起こるようになりました ライブの後に 私が お金を集める帽子役になり 実際にみんなの前に立って 支援を募るんです さっきの前座の彼と違って そうするのは 慣れているので 「ありがと」って受け取ります

この時 心に決めたんです できる限りタダで 音楽をオンライン配信しようって できる限りタダで 音楽をオンライン配信しようって メタリカは Napsterを叩いたけど アマンダ・パーマー的には P2Pもダウンロードも共有もOK でも支援を お願いしよう ストリートでは うまくいったんだから 私は苦労してレーベルを離れ 次のバンド ― グランド・セフト・オーケストラを 立ち上げました クラウドファンディングに目をつけ これまで築いてきた何千もの つながりに飛び込んで 皆に「支えて」と頼んだんです 目標は10万ドル でもファンの支援は ― 120万ドル近くにもなりました 音楽系クラウドファンディングの 最高記録です

(拍手)

支援者の数がわかりますか? だいたい2万5千人です

メディアは こう聞いてきます 「音楽業界は落ち目なのに 君は音楽をフリーで配布 どうやって金を出させたんだ」 出させたんじゃない 頼んだんです 頼むことで人とのつながりができ ― 頼むことで人とのつながりができ ― つながりができれば みんな助けてくれる アーティストの多くは そんなバカなと思っています 誰かに頼るなんてとんでもないって 助けを求めるのは 簡単なことじゃないから ― 抵抗を感じる人が多いんです 頼むのは 自分を無防備にすることだから

Kickstarterでの支援額が大きくなるにつれ ネット上で — 非難されるようになりました 相変わらず 皆に 頼み続けていたからです 特にファンのミュージシャン達に 愛情と ライブのチケットと ビールを出すから 何曲か私達と一緒にやろうと 誘ったのが やり玉に上がりました これはあるサイトに上げられた 加工した私の画像です 傷ついたけど 似た経験はしてます 「お前に好意を受ける資格はない」と 非難する人達を見ると 「お前に好意を受ける資格はない」と 非難する人達を見ると 車から「仕事しろ」と 叫んでいた人と重なります あの人達は 一緒に歩道に 立ってるわけじゃないから 私と観客の間で 交わされているものが わからない 私達にとって公平な関係でも 彼らには理解できないのです

職場で見てる人には問題ありかも ベルリンでのKickstarter 支援パーティーでは 私が脱いで 体に いろいろ書いてもらいました もし 人への信頼を 心の底から感じてみたいなら オススメです 特に 酔っぱらったドイツ人相手なら 最高の経験になるはず 達人レベルのファン交流です というのも そこで伝えたのは ― 「あなたをこんなに信頼してる ― 信頼していい? 証拠を見せて」 ということだから

人類の歴史が始まって以来 アーティストはずっと コミュニティーの一部でした 人をつなぎ 開放する役であって 手の届かないスターではなかった スターとは 遠くにも愛してくれる人が たくさんいるということですが ネットや 自由に共有できる コンテンツのおかげで ネットや 自由に共有できる コンテンツのおかげで 再び 皆が つながれる ようになりました そこには 数は少なくても ― 近くで応援してくれる人がいて それで十分なんです 応援に “定価” はないから 戸惑う人もいて ― これをリスクと思っているけど Kickstarterも 路上パフォーマンスも 深夜のドアベルも 私にとってはリスクじゃない 信頼の表れです 路上で交換するのと同じくらい ― 簡単で直感的なオンライン・ツールが 実現しつつあります でも互いに向き合い 遠慮なくやり取りできないなら いくらツールが完璧でも 役には立ちません それ以上に大切なのは 恥ずかしがらずに 助けを求めることです

私はこれまでミュージシャンとして ネット上の出会いを 大切にして来ました あの箱の上での出会いと同じように だからブログやツイートでは ツアー日程や 新作PVのことだけでなく 私達の仕事も アートも 不安も 二日酔いも 失敗したことだって書きます それから会うんです 実際に会えば 助け合いたくなるはず 実際に会えば 助け合いたくなるはず

みんな誤った問いから 離れられないんです ― 「どうやって 音楽にお金を出させるか?」 でも こう考えたらどうでしょう ― 「どうすれば音楽に お金を出せるように してあげられるだろう?」

ありがとう