ナマケモノの先週in ワイオミング

Wyoming sky

ワイオミング州の冬山は真っ白。
聞きしにまさる寒そうな雪山が飛行機から見え、
もこもこのジャケットをにぎりしめるのでした。

Wyoming sky2

幸運にも、私のショーby ARTCOREで訪ねたキャスパー市は暖冬。雪は道路のすみにあるのみ。
ただ名物の山おろしの強風はつらかった。

ということで、外をうろうろするのは避けて、
歴史博物館へ。
National Historic Trails Interpretive Center

casper_nhtic_02.jpg

アメリカの新しい博物館は、本当におもしろくできています。
ビデオやコンピューターを駆使して、まるでディズニーみたいです。
(この写真では見えてないけど。。。)
おかげで、アメリカ歴史に興味のない私でも、歓声をあげ、ひとりで遊びまくり、
数時間では足りず、翌日もショーの合間を縫って参じ、アメリカ開拓歴史三昧!
やめられないとまらないかっぱえびせん♪ 歌う私はうるさいやつ。

Wyoming trail

ワイオミングってアメリカの中北部にあり、
19世紀に西部への開拓で、東海岸から多くの農民がこの週を横断して、大移動しました。
それは2000マイルの気の遠くなるような横断で、
人力車に家財食料をのせて、老いも若いも赤ん坊も丸ごと共に移動で、
すごいことでした。
半年かけて、途中、難は天候や川の横断にあり、けが病死もかなりありました。
それでも何万人が移動した理由は、
当時、アメリカの土地が、イギリスとスペインの占領下にあり、
アメリカ政府としては、どうしても西部に人民を広げる必要があり、資金を給付して人民を送ったことと、
東部の農民が新しい夢と自由に燃えたことでした。
同時にカリフォルニアのゴールドラッシュもあり、
アメリカンドリーム、一攫千金のロマンをかりたてました。

Wyoming buffallo

19世紀以前は、ワイオミングに、
すでにアメリカインディアンが村をいくつかも構えていて
バッファロー狩猟を主とし、食料や家財を蓄えていたということです。
バッファローというと今は滅亡を嘆かれていますが、
当時は、食うに十分な群れがありました。
そして肉だけでなく、角や骨、皮などすべてを無駄にせず使っていたなんて、
尊敬と慈しみの念をいだきます。

Wyoming bear jewry

グリズビー熊さんのつめと皮を使った豪快なネックレスも。
一体誰がおつけになっていたんだろう?なにやら権力の香りむんむんなんだけど、、、
あは、酋長だそうですよ。

Wyoming name block

スタッフと仲良くなり、調子に乗って寄付をして、名前をコンピューターの岩に彫ったら、
ご褒美に衣装をどうぞ、って!?
えぇぇぇぇぇ、着ていいの?
竹細工フープをいくつも組み合わせたスカートの土台を下にはき、
その上に綿のふわふわスカートをはき、エプロンをつけ、お帽子をかぶってできあがり。
見た目以上にかなり軽い。
でも、これを着て2000マイル行脚はたいへんじゃろなぁ。

Wyoming clothe

仕事とはいえ、いろいろな場所にいくことで、私は多くを学ばせていただいて、感謝あるのみです。
ナマケモノのくせに態度がでかいので、感謝も謙虚のみじんもない風貌で申し訳ないのですが、
感謝の気持ちは時として噴火します。
ゆえにもっと精進して、世界にお返しできたら、と思います。
たぶんお返ししきれないと思いますが、
精進のなかに何かがあることを信じて。
、、、言い訳はほどほどに、ナマケモノは今日もいきます。
〔↑ 斉藤和義氏の歌詞参照)



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