正岡子規とホトトギス

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「悟りといふ事はいかなる場合も平気で死ぬることかと思っていたのは間違ひで、いかなる場合にも平気で生きていることである。」  -正岡子規

大学時代の友達が教えてくれた目が覚めるような言葉。
言いようのない力をくれる。

こんな言葉いったいどこからくるのだろう?

ふ~む。

子規というと俳句雑誌「ホトトギス」。
ホトトギスというと、血を吐くまで啼く鳥、という痛々しいイメージで子規の結核と結びつきます。

血を吐くまで啼く、、
そんな事をする鳥がいるのだろうか?

調べてみたら、
実際にはホトトギスの口の中が赤で、鳴き続けると血を吐くかのように見える、のです。
加えて、ホトトギスは
農耕に季節に中国、日本を渡るので、
農耕の期を知らせる鳥です。
だんだんパズルのようになってきましたが、
答えをくれるのは、中国の漢詩のなかにありました。

かつて滅びかけた国を農耕によって再興して帝王になった男がおり、
死後、農耕の季節(&大切さ)を知らせるホトトギスになったという。
彼の死後、再び国は滅び、
自分は死んでも、鳴いて血を吐くというホトトギスに為ってでも帰り、国のために尽くそう・・・
(「金陵駅 文天祥」より)

子規はそういう気概でいたのでしょうか?

視点をかえて、
彼の生涯は、
幼い頃から病弱で、結核にかかってからは7年間の闘病生活にあったとのこと。
吐血は生々しい病をまのあたりに見て、残酷な病状です。
私は子規がどれだけの思いを重ねて、自分をホトトギスと名づけたのかと妄想します。

ひ弱な私はつい、闘病のつらさ、死を隣りに生きる虚しさ、などを感じてしまいますが、
子規には、誰にも譲らない気概があって
上記の勇気あふれる言葉が吐けたのだと思います。
さらに彼の俳句は、
虚しさからはなぜか遠く、
写実の句として明るく輝きます。
「柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺」
あっけらかんとして、柿と鐘と法隆寺が、ちょっと不思議に笑えてくるのです。
彼のお顔を拝見すると、下くちびるが突き出て、わるガキっぽいし、、
(あくまで私の勝手な思いですのでご了承くださいましよ。)

子規のファンになってしまいました。
私は彼の弟子の高浜虚子が大好きですが、子規を知らずにきたなんて。。。
日本に帰ったら、中ノ島図書館とかにいって古~いのを読みあさってみたいです。


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